あおい空勁気功教室

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【海外のタクシーで体験した恐ろしい話】の巻

皆さん、こんにちは。

前回は、中国にいた時に体験した、ちょっと怖くて不思議な思い出話しを書きました。

沢山の方に読んでいただいたようで嬉しいです。

有難うございます。

 

今回もまた、思い出話しになります。

あとで考えたら、「もしかしたら、あの日死んでいたかもしれないよな〜…。」という体験です。

こないだとは別の意味で怖かったお話しになります。

今回はお化けは関係ありません(笑)

時代は前回と同じく、まだ発展途上国だった中国に留学していた頃の体験です。

 

とある寒い冬の日、中国のテレビ放送からは、、

「先週、大連の空港からタクシーで拉致された日本人が、複数名から暴行を受けて現金を強奪されました。」

…そんな物騒なニュースが流れていました。

それを見た知り合いの中国人は、

「日本人にそんな事して、犯人は死刑になるよ。」

と話していました。

何故そこまでするのかと聞くと、当時の中国政府が海外の企業を自国にたくさん入れたがっているからだと。

外国の企業がくるのを不安にするような犯罪には、政府は徹底的に制裁を加えるんだとか。

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私は中国に来て、もう半年が経っていました。

大連を中心に、営口、杭州、上海など転々とした生活でしたが、少しずつ中国と日本の生活習慣の違いにも慣れてきました。

知り合いもできて、中国での生活では特に困る事もなく、順風満帆に過ごしていました。

一人でタクシーに乗る時もあり、ある程度は北京語(中国内の共通語)が話せたので、大連でタクシーに乗ると、よく上海の人と間違えられていました。

同じ国でも上海は訛りが強く、中国の東北地方のひとは上海人と日本人の区別が出来ない事があるようでした。

 

中国での生活には慣れてきましたが、とはいえ高校を卒業して、まだ間もない10代です。

本人は自覚がありませんでしたが、外から見るとどこかホームシックを感じさせる所があったのかもしれません。

 

ある日、私を中国に連れて来てくれた社長の李さんが、、

「◯◯くん、しばらく暇だから少し日本に帰省してきたら?」

と、声をかけてくれました。

飛行機のチケットも取るから、一週間くらい日本でゆっくりしてきたらいいよと。

自分では特に帰りたいとも思っていませんでしたが、そうやって声をかけてもらえば懐かしい故郷です。

徐々にこみあげる気持ちもあり、有り難く一時的に帰国させてもらいました。

 

日本に帰国すると、空港まで家族が迎えに来てくれていました。

あとで聞いたところによると、以前家族といる時はずっと無口だった私が、饒舌に話し続ける様子に驚いていたようです。

どうやら、日本語を喋れないストレスがあったようで、空港から自宅に向かうまで、一人でずっと喋ってたような(笑)

あとは無性に缶コーヒーが飲みたくて、空港の自販機で2本買って一気に飲み干しました。

中国には当時、缶コーヒーって無かったんじゃないかな…。

自販機は確実になかったですし。

缶ジュースと言えば、いつもココナッツの甘いやつしか見たことがなかった気がします。。

海に行くと、日差しに当たって熱くなったビール(ぬるくなんてレベルじゃないです。)しか売ってなかったですし。

 

家族と友人には、事前に国際電話で連絡をしていました。

その時に色々と約束をしていたので、日本に帰るとその一週間だけ、急にアイドル並みの人気者になりました。

毎晩のように友人と飲んで騒ぎました。

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そして、あっという間に一週間は過ぎさり、中国に帰る日を迎えました。

日本に帰るための飛行機は、李さんが手配してくれたのですが、中国に戻るための飛行機チケットは自分で手配をしました。

当時はインターネットもありませんので、電話で予約をしてどこかで受け取ったのかな…忘れてしまった(笑)

なんにせよ、到着が遅い時間にならないように、現地時間で早めの夕方には大連に着く飛行機を予約しました。

空港からはタクシーが出ているので、小一時間ほど郊外の人気のない道路を走りつづければ、ホテルのある町に着きます。

 

当日、見送りに来てくれていた家族や友人と別れると、飛行機のロビーで飛行機の時間を待っていました。

すると電光掲示板に、悪天候で飛行機が飛ぶのが遅れるとの表示が出ました。まもなく飛行機遅延の港内アナウンスも流れました。

「あらま、、でもしょうがないか。。」

そして待つ事、1時間、2時間…。

お、遅すぎる。。

結局飛び立ったのは、夜になってからでした。

逆算すると、大連に着く時間が22時頃になります。

時間が遅くなるのは心配でしたが、これ以上出来る事もありません。

機内で睡眠をとったり、本を読んだりしているうちに、飛行機は大連空港に到着しました。

そして…運が悪い事はなぜか続きます。

預けた荷物が出てこないのです。

結局、最後の最後になって荷物を受け取り、時計を見るともう23時になります。

 

さらに、空港がどうやら夜は閉まってしまうようで、電灯もところどころ消え始めています。

(まずい、早くタクシーを捕まえなきゃ…。)

ちょっと焦ってきました。

冬の大連は、夜になると氷点下の世界です。

車の窓は夜になれば凍って開かなくなる程です。

このまま空港の外に放り出されたら、確実に凍死してしまいます。

慌ててタクシー乗り場にいくと、どうやら最後の一台と思われるタクシーが待っていました。

(良かった〜。まだツキがあるな。)

そんな喜びもつかの間、近づいて運転席を覗きこむと、そのまま固まってしまいました。

 

運転席に一人、助手席に一人。

若い男性が2人、ちょっとにやけて笑いながらこちらを見ています。

一瞬であのニュースが頭をよぎりました。

「先週、大連の空港からタクシーで拉致された日本人が、複数名から暴行を受けて現金を強奪されました。」

 

(絶対やばいやつでしょ、これ…。)

とはいえ、このまま空港にいれば凍死してしまいます。

なんとかタクシーで帰らねば。。

 

覚悟を決めて声をかけました。

私「開発区まで行ってほしいんだけど。」

運転手「100ドルだ。あれば行くけど。」

これは相当ぼられた金額です。完全に舐められています。

普段なら20ドルで着きます。もっと言えば、当時のドルは通常より高い値段で人民元に換金できます。

ちょっとわかりづらいかもしれませんが、当時の中国は正規の換金レート以外に裏の換金レートがあって、街中で外国人はよく声をかけられました。

ドルや日本円など、みんな外貨が欲しいのです。

とはいえ100ドルはやりすぎです。

 

私「50ドルなら払えるよ。」

運転手「OK、乗せて行ってやるよ。」

 

後ろのトランクを開けてもらい、自分で荷物を積んで車に乗り込みます。

緊張で胃がキューっと持ち上がっています。

「◯◯くん、今中国は、ロシアから銃が安く手に入るらしいよ。」

こんな時に李さんから聞いた雑談が頭をよぎります。

 

(とにかく嘘でもハッタリでもいいから、かまし通すしかない。。)

ただその一心です。心臓はずっとバクバクなっています。

 

運転手「お前は日本人か?上海人か?」

(また間違えられてるよ…。)

私「日本人だよ。」

運転手「そうか、日本人か。仕事で来たのか?」

(ここだ!!ハッタリスイッチ、オン!)

私「…空手道って知っているか?中国でいえば武術みたいな物だけど。」

運転手「聞いた事はあるよ。お前も何かやっているのか。」

私「その空手道を教えに来たんだ。大連市に招待されて来ているんだけど、あなたは私を知らないのか?」

運転手「知らないな、そうなのか…。」

 

まったくの嘘、ハッタリですが、この際仕方ない。

なんとか乗り切らなきゃ。。

ちなみに空手は、高校時代に仲間同士で同好会を作っていて、たまにみんなで練習していたレベル。

こんな中では、まったく役に立つ気がしませんでした。

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運転手「おい、お前50ドル本当に持ってるのか?」

私「もちろん、あるよ。」

運転手「見せてみろよ。」

私「着いたら見せるよ。後ろの荷物に入ってるから。」

運転手「いいから、今みせてみろよ。」

シーーーン・・・。

張り詰めた空気が重たい。。

 

「キキーッ!!!

車が急ブレーキで、突然止まりました。

助手席の男が、黙って車を降ります。

外には街灯もなく、ただ漆黒の世界が広がっています。

他の車もまったく通りません。

そして間もなく気温は氷点下になる深夜です。

 

運転手「おい、お前。カバンを開けて今見せろよ。」

私「しつこいな…。ホテルに着いたら見せるって言ってるだろ。」

シーーーン・・・。

とても長く感じましたが、実際は2、3秒の沈黙でしょう。

できることなら、このまま気絶したい。そして全部夢だったらいいのに…。

 

 しばらくお互いの目を見たまま、沈黙の時間が流れます。

先に運転手の男が口を開きました。

運転手「ホテルに着いたら、必ずドルで支払えよ。」

私「もちろん、ちゃんとドルで払うよ。」

まもなく車は走り出しました。

(おおっ…神様。こんな時ばっかり祈ってすみません。。)

 

車が開発区に入ると、そこには見慣れた町並みが見えてきました。

 しばらくすると事務所のあるホテルが見えました。

運転手の男はそのホテルの入口の10m程手前で車を止めました。ホテルの人間に接触するのを恐れたのでしょう。

 

運転手「乗せるのはここまでだ。」

私「わかった、じゃあ後ろを開けてくれ。」

荷物を下ろすと、カバンから50ドルを取り出して運転手の男に渡しました。

お金を受け取ると、2人の乗ったタクシーはそのまま立ち去りました。

 

ホテルの方から、こちらに気づいた守衛さんが寄って来て声をかけてくれました。

「こんな所でタクシーを降ろされて、何かあったんですか?」

 

今夜あった一部始終を話すと、守衛さんの顔色が変わり、すぐに警察に話した方が良いと言われました。

しかし私はそれを断ると、一人ですぐに事務所に戻りました。

 

もちろん警察に行った方が良いのはわかっています。

でもね、、

だってね、、

なんかね、、

今日はもう、疲れて誰とも話したくない!!!

 

 最後までご覧いただき有難うございます!

 

 

※補足

今回は、ちょいワルな運転手さんの話しをしましたが、現在の中国ではそんな危険な事はないかもしれません。

当時でも、この時以外に中国で怖い思いをした事はありません。本当に皆さん優しく、温かく接してくれました。

「桃園の義」がある三国志の国です。仲間になれば一生支え合いながら付き合っていくぞ!っていう熱い人達の国だったな〜といつも思い出します。

いつか当時のみんなに会えるかな〜。