前回は良い師匠の有り難さについて書きました。
今日は気功の師匠と過ごしていた修行時代。とある一日のお話しです。
当時いつも教室には、日曜日の午後から通っていました。
平日は仕事で時間が遅れることもありますと話したら、
「日曜日に来てもいいよ。」
との事でしたので、お言葉に甘えて日曜日に通っていました。
教室に行くと、時々他の生徒さんにも会いましたが、普段は先生とマンツーマンで指導していただけました。
いつも教室に着くと、お茶を淹れてくださり、色々な沢山のお茶菓子を出してくれます。
私が大きな体のせいなのか、誰が来てもそうなのかはわかりません(笑)
その日も練功を始めるまえに、先生に淹れていただいたお茶を飲みながら他愛もない話しをしてると、、
先生「あなた、駅前にいた女性は見ましたか?」
私「女性?ってどんな女性ですか?」
先生「真っ黒で、ボロボロの服を着た人がいませんでしたか。」
私「あっ…たしかに。」
教室の最寄り駅に、ホームレスの女性がいたのを見かけたのを思い出しました。…正直、いま言われなければ気にもなっていなかった。。
先生「こないだは毛布を持っていったんだけど、いらないって返されてね…寒くなるから心配だよね。」
私「そうですよね…」
言われてみればその通りですが、まったく気づきませんでした。同じように生きていても、見ている目線が全然違うんだと思います。
その後も話しを聞いていると、どうやらそれは珍しいことではないようでした。
普段から気になったホームレスの人には声をかけて、必要があれば知り合いづてに支援団体等につないだりしているんだとか。
そういえば昔聞いた話では、自宅から教室に向かうために乗っていた電車に、アトピー性皮膚炎と思われる子どもがいて、ずっと顔をかいていたんだとか。あまりに痒そうなのを見て不憫に思った先生は、隣にいたお母さんに名刺を渡すと、、
先生「病院には行ってますか?それでも治らなかったら、連絡してきなさい。」
お母さん「えっ?…はい。」
って言って、なんか変な顔をされたんだよって不思議そうに話している時がありました。
たしかに今のご時世だと、なにか怪しい勧誘に思われたりするのかもしれません。。
見ず知らずの人に親切にされると、その人を疑ってしまう風潮があるかもしれません…。
先生「あの子、見てたら可哀想でね…」って。
本当に、それだけなんですよね。この気持ちだけなんです。
今まで先生とお付き合いさせてもらいましたが、ホームレスにも、子どもにも、偉い人にも、私にも。
まったく壁がなく接してくれます。
誰に対しても、どこまでも「平等」なんです。
そして、私の師匠方はみんな「平等」な方ばかり。
だからこそ、尊敬できます。
人として、信用出来ます。
中々同じ事は出来ません。でも、同じ方向を向いて生きていく人間ではいたいなって思います。
あれっ?…ここでひとつ疑問が。
先生が沢山のお茶菓子を出してくれてたのは、私の身体サイズに合わせてくれたのか、それともみんなにも「平等」なのか??
今度お会いした時に聞いてみようと思います(笑)
おしまい。
最後までご覧いただき有難うございます。